中尾 和平  インドネシア

☆プロフィール☆

名前:中尾 和平 (写真中央)

留学先の大学:インドネシア大学(交換)

出身:和歌山県

学部学科:経済学部経済学科

趣味:スポーツ雑誌の購読・音楽鑑賞

好きなことば:我以外皆師匠

はまっていること:インドネシア人とのチャット

尊敬する人:父

― 留学にいこうと思ったきっかけは?

開発経済学を専攻しており元々途上国に興味がありました。社会が求める国際感覚とは何だろうと疑問に思い続け、机上の空論だけでなく、現地経済や文化に直接触れる必要があると考え留学を決意。BRICSの次を担い、これからの成長が期待されるVISTAに行けば良い刺激を感じることができると思ったのです。その中でもインドネシアは公用語がインドネシア語であり、国民の大半がイスラム教徒であるという未知の言語・世界であったことから、国際感覚を養い自らを鍛えるには最適だと感じました。思い切った決断ができたのは入学以来支えて下さった北先生、西浦昭雄先生、そして小林和夫先生の後押しのおかげです。

― インドネシアの魅力は?

意外に知られていませんが、世界第4位を誇る人口大国である点です。現在約2億3千万人いると言われています。その9割がイスラム教徒であり、世界最大のイスラム国家です。また、公用語はインドネシア語ですが、地方語も根強く残り、500以上の地方語が存在します。島国である点は日本と同じですが、島の数は群を抜いており、衛星で確認できるだけで1万以上の島々から成っていると確認されています。それ故に石炭やLNGを中心とした資源大国としても有名です。数多くの日系企業が駐在員を派遣している理由がここにあります。

― ハプニングがあった?

食事にまつわるハプニングです。インドネシアでは手で食事をする習慣が根強く残っています。食事の際には手を消毒するためのコボカンと呼ばれるお茶碗のような容器に水を入れたものがテーブル上に用意されています。初めてそれを目撃した時は、当然飲み水だと感じ、ゴックンしてしまいました。結果、、1週間ほど下痢が続きました。現地の友人からも勇気ある行為だと称賛されました。文化を知らないということは恐ろしいことです。

 

― 日本との違いで戸惑ったことは?

イスラム文化への理解です。世界最大のイスラム国家である故に、インドネシアはまさにイスラム教を中心として回っています。イスラム教徒は1日5回の礼拝を義務付けられており、礼拝の時刻となるとモスクと呼ばれる寺院で祈りを捧げます。その間仕事はそっちのけです。デパートなどで店員がいなくなることもあります。礼拝時刻を伝えるアザーンと呼ばれる放送がモスクから流れますが、早朝の礼拝時にも流れるので、朝の4時に起こされ、寝不足になったこともあります。約束事をする際にも注意が必要です。基本的に礼拝の時刻を考慮した上で約束時間を設定すると遅刻率、ドタキャン率も急激に減ります

― 大変だったことは?

授業です。基本的に周りは社会人ばかりでした。特に私のクラスは自分以外皆社会人の方々でした。韓国や日系を中心とした企業戦士、またトルコからの宣教師などグローバルな環境の中で、インドネシア語を通し、意思疎通を図らなければなりません。留学当初は日常会話も満足にいかない状態で、インドネシア語のみのインドネシア語の授業に付いていけるはずがありませんでした。企業戦士の方々のように会社の資金力で授業後個人レッスンを受けるお金も当然なく、周りとの差はひらく一方でした。学生として、対抗するには現地化しかないと考え、断食や歌手活動、TV出演と貪欲に様々な事に挑戦しました。授業後には教授のもとへ行き、インドネシア人のハートを掴む表現力を聞きに行ったりしていました。ビジネスレター一つでも正確さプラス、何か工夫できる点があるものです。最終的に現地文化、インドネシア人への精通度が深く評価され、インドネシア語プログラムを首席で卒業できました。企業戦士の方々と切磋琢磨できた経験は宝です。

― やりきったことがあれば教えて!

男子バレーボール部での経験です。現地の学生に混じり唯一の外国人であるにも関わらず、入部3か月でキャプテンを務めることになりました。(後に気づきましたが、責任職を嫌う傾向にあるのがインドネシア人)しかし初めは、肌の白い人間の言う事を聞くはずもなく、練習メニューは個人個人でバラバラ。遅刻は日常茶飯事ですので、チーム練習ができないため、連係プレーが弱い。個人の身体的能力は高いが勝てないチームでした。遅刻の習慣をまず改めるにはどうすえば良いか。ポイントは時間設定でした。集合時間が常にイスラムのお祈りの時間帯と被っていたのです。キリスト教徒、仏教とは集合しているのに、イスラム教徒は遅刻。華僑とプリブミ(現地人)との意識差を埋めることがチームにとって急務だと考え、練習時間が短くなっても、同時に集合することに拘りました。個人としては、全体的に根性が足りないインドネシア人に喝を入れようと泥んこレシーバーと呼ばれるまでに地面に這いつくばるレシーブを披露し続けました。練習態度も少しつづ変わり、国立大としては5年ぶりとなるジャワ島大学対抗戦で優勝することができました。文化的背景を理解しながらチームを牽引できた経験は貴重な思い出です。

 

― 留学を通して得た事は何?

私が考える国際人、国際感覚豊かな人とは、相手の立場になって物事を考える事ができる人だと思います。特にそのフィールドが世界である場合、現地化はやはりキーポイントとなります。決して現地人になれと言ってるわけではなく、まずは経験してみるということです。事実、バレー部の仲間を始めとした、フォーマルな表現以外のプラスαな言語や国民性を教え続けてくれた300人以上の仲間を得ることができたのは、自分自身がまず知ろうという姿勢があったからだと思います。正直に言うと断食の挑戦は1週間も我慢できませんでした。しかし、経験したことにより、断食期間中の練習メニューを工夫する発想にも至りましたし、そのバランス能力が評価され、肌の白い日本人に我慢して付いてきてくれたのだと感じました。付け加えて、東南アジア、とりわけインドネシアにおいては、ユニークな部分を持ち合わせていることも重要です。インドネシア舞踊や現地語の曲を50曲以上マスターしたことは様々な場面で役立ちました。

― 日本に持って帰りたい文化があれば教えて!

gotongroyong「相互扶助」の精神ですねその一つがkerja bakti「奉仕作業」です。一昔前の日本でもよく見受けられましたが、町内会があり、月に何度か周辺の住民が集まり掃除を行います。人間関係の希薄化が問題視される日本とは違い、現在でも地域ネットワークが充実している点は、我々日本人が失った何かを示唆してくれているように感じました

― オススメの食べ物、スポットは?

sate ayamです。日本語で言うと焼き鳥になると思います。是非お試しあれ。 オススメスポットはスラウェシ島中部に位置するタナトラジャです。そこに住む民族にとって葬式は結婚式よりも重要視され、華やかに行われます。葬式で号泣している方は、あまりいません。価値観の違いですよね。インドネシアの地方文化に触れるには絶好のスポットです。

― これからの人生の抱負を教えて!

交換留学で得た経験・国際感覚を糧とし、大学・創立者に対する感謝の気持ちを忘れずに社会で活躍することです。簡単なようですが、卒業後この想いを持ち続けることは容易ではないと考えています。また、留学中さまざまな問題を目撃しました。主に格差問題とインフラ問題です。格差問題は学生の視点からでも少しは協力できると考え、教育は一つの解決策として有効だと考え、現在はゼミの活動で「教育」をテーマにしたビジネスプランを計画中です。ただし、学生ができる社会貢献は限られているというのが正直な感想です。将来、インドネシアに必ず戻り、インドネシアと日本の懸け橋となれるようmade in japanを武器に社会貢献できる会社に入社したいと考えています。尊敬する教授の方と小学校を建設することも大きな夢です